中間層拡大で「お受験」過熱 デジタルデバイド課題
扉の柵を握りしめ、子供たちは迎えを待っていた。ブラジル・サンパウロ市の私立小学校。午後5時の下校時間に扉が開くと、ルイ・ペドロゾ君(9)は往来に隙間なく止まった車の中から母親の車を見つけ出し、急いで乗り込んだ。
母親のジュリアさん(46)は「下校時は駐車のため場所取り合戦が始まる。よい教育にはお金と手間がかかる」と話した。
ブラジルの教育制度は、わが国の小中学校に当たる初等教育が9年間、高校に相当する中等教育が3年間の9・3制。公立は無償だが近年、私立校の人気が過熱している。中間所得層の拡大とともに大学進学熱が高まっているためだ。
一方、公立校は増える児童・生徒に学校や教師の数が追いつかず、授業は2部制で午前か午後の4時間程度。教師は低賃金のため複数の学校をかけ持ちし教育の質が問題視されている。
ジュリアさんは「いい大学は学費のかからない公立だが、公立大学へ入るためには授業料の高い私立高校で勉強しなければならない。わが子のためには多少の無理はやむを得ない」。
地球の反対側の親たちと同じ思いを口にした。
就学率上昇の逆説
65カ国・地域の15歳47万人を対象に行われ、わが国でも関心を呼ぶOECD(経済協力開発機構)の「生徒の国際学習到達度調査」。ブラジルは読解力が2000年の31位から03年37位、06年49位と下がり続け、09年は53位。科学的応用力も31位、39位、52位、53位と低下の一途をたどった。新興国として名乗りをあげたこの10年間、国際比較での学力は低下した。
首都大学東京の野元弘幸准教授(50)=社会教育学=は「政府による貧困層への現金給付は子供を学校へ通わせることが条件のため就学率が上がった。裾野が広がった結果、相対的に学力が低下したと推測される」とし、こう続けた。
「一方で大学にはエリート教育の伝統があり、例えば、小型ジェット機メーカーながら大型機を造れる技術力を持つエンブラエル社へ人材を輩出している」
就学率向上政策はルラ前政権の前のカルドゾ政権時代から続けられてきた。国連開発計画の統計によると、義務教育の平均就学年数は1980年の2・6年から2010年は7・2年まで延びた。それでも169カ国中102位にすぎない。
ネット普及率3割
「私は字が書けないが、13という数字を押すだけだから、覚えれば大丈夫」
南部パラナ州の田舎町で暮らす主婦、オダッチ・ベナンシオさん(51)は昨年10月の総選挙で投票したときの経験を話した。13番は与党労働党を指す。
15歳以上の識字率は10年で90%と依然高いとはいえない。選挙は電子投票が普及し、数字を入力する方式で行われる。こうしたIT(情報技術)の導入は各分野で始まっているが、人口1億9400万人のうちインターネット利用者は5863万人と全体の3割。高所得層の84%が利用する一方、国民の半数を占める中間層は42%にとどまる。
ブロードバンド(高速大容量通信)の普及も8%にすぎず、7月までブラジルに駐在した総務省国際協力課の臼田昇課長補佐(45)は「アマゾンなど遠隔地を抱え、W杯や五輪を前に通信インフラ整備は最重要課題の一つだ」と話す。
ブラジル政府は5月、デジタルデバイド(情報格差)解消のため通信庁に専門部局を新設した。東北部ペルナンブコ州の小さな町では、教育用の廉価版ノートパソコンを支給され、子供たちがインターネットを楽しんでいた。
-産経ニュースから-
戻る